WIKIレンタル 大衆演劇探訪記

山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その②
山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」


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2日目の朝。
今日は防府天満宮を参拝します。
防府駅前のホテルに荷物を預けて出かけました。
アーケード商店街が天満宮の前までつながっていて参道のようになっています。

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約20分で防府天満宮に到着。

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防府天満宮は、京都の北野天満宮、福岡の大宰府天満宮と並ぶ日本三天神のひとつ。
天満宮といえば大衆演劇ファンには「湯島の白梅」の湯島天満宮がおなじみでしょう。
大阪の梅田呉服座の近くには曽根崎心中ゆかりの地、お初天神がありますね。
日本にはいろいろな神様がありますが、菅原道真という歴史上の人物を祭神とする神社が篤い信仰を得て発展してきたことは何か不思議な感じがします。
防府は道真公が宮中から大宰府へ流される途中で泊まった場所だそうで、防府天満宮は国内最古の天神社とのこと。防府の地は天満宮とともに栄えました。

天満宮にある春風楼からは防府のまちが見渡せます。
境内の屋台で天神餅を買いました。焼きたてがおいしい。

天満宮から防府駅へは寄り道して行きます。

防府は漂泊の俳人、種田山頭火(たねださんとうか)の生まれ育った地です。
若い頃、図書館で山頭火の句を読みました。でも今思いだせるのは2句くらい。

 うしろすがたのしぐれてゆくか
 分け入っても分け入っても青い山

「15年」が山頭火の生涯のキーワードだということは覚えていました。
明治15年に生まれ、大正15年に放浪をはじめ、昭和15年に没しました。

その山頭火が通学した道が「山頭火の道」という散策路になっています。 

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山頭火の道の途中。無数の電線が交錯している。
私は電線がある風景が好きなのです。

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種田山頭火生家跡。

次は、山口県にある大衆演劇場、夢遊湯亭(ゆめ ゆうゆうてい)を目指します。

山口県の西北、長門地方の山中に「湯本温泉」という大きな温泉街があります。
大規模な旅館・ホテルがたくさんあり、そのひとつが「湯本観光ホテル西京」で、「夢 遊湯亭」はホテル西京の付属施設です。

湯本温泉の共同運行の送迎バス(要予約)が新山口駅から出ています。
防府駅から新山口駅まで電車で移動。

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新山口駅前の広場には種田山頭火の像がありました。
ロータリーを見回して送迎バスを見つけました。

11:10送迎バスが出発しました。
約1時間半のバスの旅です。

バスは湯本温泉までの最短ルートを進まず、北部海沿いにある仙崎という趣き深いまちにも寄ります。
仙崎は童謡詩人金子みすゞ出身の地であり、金子みすゞ記念館などが観光名所となっています。
私は昔仙崎を訪ねたことがあって、そのことをすっかり忘れていたのですが、バスの車窓の景色を見て当時の旅のことを思いだしました。長門地方には俵山温泉というレトロな雰囲気の温泉地が山の中にひっそりとあり、こんな<いかにも湯治場>な場所がこんにちの日本に残っていたのかと旅情にひたったことも思い出されます。

バスが長門湯本温泉街に近づいてきました。
湯本温泉は山口県では一番古い温泉地だそうです。

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2016年12月、つまり私が訪れた前の月に、長門湯本温泉の有名旅館「大谷山荘」で、日露首脳会談が行われました。

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湯本観光ホテル西京に着きました。
施設が大きすぎてカメラのフレームに全部はいらない。

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上の写真の右側にこの巨大な建物があります。

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そしてここに大衆演劇場「夢 遊湯亭」があります。

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エントランス

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靴箱

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受付

宿泊者は大衆演劇はタダになるのかな、と思いきや、宿泊者の無料観劇は夜の部のみとのこと。
ただし宿泊者は割引料金(900円)で昼の部を観ることができます。
一般の方はお風呂と観劇セットで1800円です。

送迎バスは12:45頃にホテルに到着。大衆演劇昼の部は13時から。
ホテルのフロントに旅の荷物を預けて、さっそく夢遊湯亭の受付で入場料を支払いました。

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大衆演劇場入口

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場内

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よくある低いテーブル席

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後方には普通のテーブル席もあります。

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前方

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花道
使いこまれた感がでています。

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後方に積んである座布団と座椅子
宿泊客は座椅子無料

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演劇グラフのバックナンバーが無造作に積んでありました。
私と妻が大衆演劇を見始める前の年代の本がたくさんあり、夫婦でやや興奮してしまいました。

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おでんのメニュー

この日の公演は劇団冨士川。
私も妻も劇団冨士川はこの日が初観劇。

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旅先、特に都会から離れた場所で見る股旅は何ともいえず良い。

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ラストショー

昼の部が終わり、チェックインをするためにフロントまで館内を通って向かいます。

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夢遊湯亭入口前の巨大エスカレーターを上がります。

そこに現れたのは・・・

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なんとボウリング場!
事前情報を持っていなかったので、ボウリング場の出現には驚きました。

このフロアには他にも娯楽がいっぱい。

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ビリヤード&ゲームコーナー

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卓球

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カラオケ

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足湯

このホテルは家族や友人など大人数で来たら楽しいだろうな~。

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チェックインをして宿泊室へ。
部屋の窓からの眺め。
湯本温泉街が山に囲まれている感じがでています。

お待ちかねのお風呂へ。
強く宣伝しておこう。
ホテル西京の温泉はとっても気持ちいい!!
私は露天風呂でぼんやりするのが好きなのでお湯はややぬるめがいい。まさにジャストな温度。
内湯の浴槽の壁に傾斜がついていて、これまた寄りかかるのにジャスト。
泉質はアルカリ度が高くやわらかい感じがします。

お風呂の後は食事。
妻と私とでテーブルに置かれているメニューが違うことに気付き、店員さんに尋ねると、「カップルプラン」というプランで宿泊申込みをしていたらしく(自分で予約しておいて忘れていました)、これは男子と女子とで違う会席料理のメニューが提供されるというプランなのだそう。
つまり、二人で仲良く分け合って食べてね、ということで、通常の倍の品数の料理が楽しめるコースなのです。
そしてビールと冷酒を注文。至福のひととき。

今日の旅の満喫のクライマックスは大衆演劇夜の部(舞踊ショー)です。

早めに大衆演劇場に入り、演劇グラフのバックナンバーを読みあさる妻と私。
2006年の演劇グラフに森川京香(現葉山京香)の「息子のささえになってあげられたら・・・という気持ちです」という見出しのインタビュー記事がありました。とても苦労されていたこと、そして息子(嵐山瞳太郎)への暖かいまなざしが伝わってくるインタビューでした。嵐山瞳太郎さんの旗揚げ前にこの記事を読んだのは感慨深かったです。

劇団冨士川の夜の部の公演、舞踊ショーが始まりました。

基本だけを洗練させたような舞踊。本当は簡単にできる所作ではないのだろうけれど何事もないかのように自然にきれいに見せてくれる。私は劇団冨士川の舞踊が気に入りました。
現代的なアレンジがなく古典をきっちりやっている感じがいい。温泉旅館だからそういうモードに徹しているのだろうか。いろいろ引き出しを持っているのかもしれない。劇場でも劇団冨士川の舞踊を見てみたいなと思いました。

特に若い二人の役者に私は注目しました。

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若座長 冨士川すすむ

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花形 冨士川奈々

完成されたもの、調和がとれたもの、というのは緊張感を伴っているものです。現代的なカッコイイ舞踊をこなす若い役者は多いけれども、心地よい緊張感のある舞踊ができる若手は少ない。私はこの若座長と花形に本格派の片鱗をみました。将来が楽しみです。奈々さんの美少年的な立ち役は今が見どきかもしれない。

ショーの途中でゴロゴロゴロ・・・という低い音が聞こえてきて、地震・振動恐怖症の妻は何事かとびびっていました。どうも上階のボーリングの音が響いてきているようでした。


一夜明けて、朝食会場へ。

ホテル西京の朝食は内容盛りだくさんのバイキング。
ふく雑炊、しらすごはん、山口県の郷土料理けんちょう(豆腐・大根・人参などを煮たもの)、「魚ロッケ」などこの地方ならではの料理が楽しい。

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食事が終わり、荷物をまとめてチェックアウト。

帰りの送迎バスは9:30に出発します。
ここに来て初めて知ったのですが、ホテル西京の近くには600年の歴史をもつ古刹大寧寺があります。
バスが来るまでの時間を使って参拝することにしました。

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大寧寺は通称で正式名称は瑞雲萬歳山大寧護国禅寺。
「大本山總持寺御直末」とのこと。
偶然にも妻のご朱印帳の最後が総持寺(横浜の方)になっていて、曹洞宗の名刹のご朱印がふたつならんで妻は喜んでいました。
大寧寺内の毛利家重臣墓群は存在感の圧力がすごく見ごたえがありました。

9:30頃、ホテル前に送迎バスに乗り、新山口駅へ。
本州とはお別れ。これから九州の旅になります。

(つづく)
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映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その①
映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」


2017年1月、山口県・福岡県・大分県を妻と旅しました。
また探訪したことのない大衆演劇場とその周辺の寺社仏閣をめぐる旅です。

1日目は山口県にあるくだまつ健康パークを訪ねました。
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東京から新幹線で徳山駅へ。そこから山陽本線に乗り換えて8分で下松(くだまつ)駅に到着しました。

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駅の陸橋を降りると2つの看板が目入りました。
「笑いと花と童謡のまち くだまつ」「新幹線が生まれる街 下松へようこそ」
下松市にある日立製作所の工場で新幹線の車両を製造しているそうです。

くだまつ健康パークは駅から遠いのですが定期送迎バスがありません。
長旅用の大きいトランクがあり長時間歩きたくないし、路線バスを待つのも時間がもったいないので、下松駅からタクシーに乗ることにしました。

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くだまつ健康パークの看板
ここは単なる健康ランドではなくプールやスケートやゴルフの施設もある大型複合施設なのです。
また姉妹施設としてボウリング場やゴーカートがあるくだまつスポーツセンターが下松駅の近くにあります。

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くだまつ健康パーク外観

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緑色の建物が、プール、スケートの施設があるスポーツプラザ。

私はもちろん大衆演劇目当てなので茶色いメインの建物に入ります。
靴箱に靴をしまい、1階フロントに靴箱の鍵を渡して受付。ロッカーキーとタオル・館内着引換券を受け取ります。

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建物は本館と新館に分かれていて、2階に連絡通路があります。
受付は本館の1階、大衆演劇場は新館の3階です。
健康ランドでおなじみの休憩室、ゲームコーナー、漫画コーナー以外にも囲碁将棋コーナーなどいろんなサービスを提供しています。
新館2階にシアターがあります。映画を上映しているセンターはめずらしい。
また「切手とコインの博物館」もあり、ものすごい数の世界中の切手が保存されていました。

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大衆演劇場
前方は低いテーブル席、後方は椅子席。
右サイドにも椅子席があって、どうもそこは地元の常連さんに人気の席のようです。

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前方

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土日祝日は指定席があるようですが、この日は全席自由席となっていました。

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座布団にハンカチやタオルを置いて席を確保してお風呂に行っているようです。センターではおなじみの光景。

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座布団は後方から自由に持ち出せます。
別の場所に椅子席用の座布団も置いてあります。

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演劇場入ってすぐ右手に受付があります。
座椅子(200円)はここで申し込めます。

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貸し出しカチカチ棒

椅子席最前列に席を確保して、お風呂に行きました。
本館3階に風呂受付があり、そこで引換券を渡すと、館内着とタオルが入ったカゴをもらえます。

実はくだまつ健康パークには「鶴ヶ浜天然温泉」という肩書きがあります。
天然温泉はナトリウムを多く含んでいるらしくしょっぱい。
トロン湯という人口ラジウム温泉があるのが珍しかったですがこの日は故障のためお湯をはっていませんでした。
サウナは2つあり、それぞれロッキーサウナ、薬草サウナという名。

お風呂の後大衆演劇場に戻り開演を待ちます。
開演前劇場からのアナウンスがありました。「寝ながらみないように」というお願いもありました。

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この日の公演は見海堂劇団。
第一部お芝居が終わって口上挨拶。

休憩時間になると、受付からマイクアナウンスがありました。受付でアイスキャンデー、アイスクリームを売っているという案内で、何人かのお客さんがそれを求めていました。

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第二部舞踊ショー

見海堂劇団は照明がかなり凝っている。
舞台上手と下手に縦長の板(?)みたいなものがあります。
この写真では背景の青い照明に加えて赤い照明を板に当てているます。
この板の照明は脇役的存在ではありますが舞台全体になかなかよい効果を与えていました。
見海堂劇団には優秀な照明プランナーがいらっしゃるのでしょうか。

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この円筒状の光る照明も見海堂劇団でしか見たことがありません。
全部で4基配置されています。

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ムービングライトを使ったド派手な演出。

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ラストショー 5人花魁

大衆演劇を観た後、食事をどこでとるか妻と相談しました。
本館2階に「鶴ヶ浜食堂」という食事処があります。

地元の店に行きたいねと意見がまとまり、今夜の宿泊地である防府へ向かうこととしました。

徳山駅-下松駅間に路線バスが通っており、健康バークはその途中にあります。

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健康パーク前のバス停から小ぶりな路線バスに乗って徳山駅へ。

徳山駅から電車で防府駅に移動し、ホテルに荷物を置いた後、駅近くのレストランで食事しました。

「寺社仏閣をめぐる旅」としながらも1日目は大衆演劇場のみの探訪となりました。
神社は明日の朝訪ねます。

(つづく)

旅情にあふれた旅の途中の旅芝居 「矢野温泉あやめ」

【広島大衆演劇場めぐり4日間一人旅】 3日目つづき~4日目
 旅情にあふれた旅の途中の旅芝居 「矢野温泉あやめ」


17:04甲山営業所発の高速バス、ピースライナーに乗って矢野温泉へ向かう。

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行く手の道路に白い煙が。

道路脇の畑で草木を燃やしているらしい。
畑の間を縫うように進んでゆくバスから、野火の白い煙はいくつも見えた。

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17:25矢野温泉バス停に到着。
バスの料金は後払い。料金を訊ねると、運転手さんは何やら小さい紙を取り出した。路線や料金が書いてある携帯用のバス案内だ。「いくらって書いてありますか?」と老眼らしき運転手さんは小さい紙の小さい文字を私に示した。


広島観光ナビWEBサイトに矢野温泉について次のようにかかれている。「約800年前鎌倉時代建仁の頃、諸国巡錫の豊成法師によって発見された温泉で、昭和47年国民保養温泉地に指定されました。広島県内では数少ない温泉のひとつとして知られています」
おそらくかつてはこの地にいくつかの温泉宿があったのだろう。しかし現在は矢野温泉あやめが矢野温泉で唯一の施設になってしまったようだ。

矢野温泉あやめはバス停のすぐ近くだ。行く前に矢野温泉一帯がどのような土地なのかを確かめに周辺を散策してみる。

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高台から。
山の中に積木を置いたような矢野温泉あやめの建物が見える。

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別の地点から。
山と畑に囲まれた場所に矢野温泉あやめを含むいくつかの建物がかある。
近くにコンビニや商店はない。どころか民家もほとんどない。

「秘境駅」という言葉がある。
まわりに民家がなく、乗降客も少なく、なぜそこにあるのかと疑問を抱かざるを得ないような場所にある鉄道駅がそうよばれている。
私は、秘境駅に興味を持っていたこともあり、公共交通機関でたどり着くことが困難でまわりに繁華街どころか宅地もほとんどないような場所にありながらも現役で経営が続いている大衆演劇場のことを「秘境劇場」と自分の中で分類するようになった。
私が秘境劇場の横綱だとみていた栃木県の「上延生ヘルスセンター」は2014年にひっそりとなくなってしまった。同じ栃木県の「鬼東沼レジャーセンター」も大関級であったが東日本大震災後に復活することはなかった。秘境劇場は日本から存在を消しつつある。
矢野温泉あやめは秘境劇場の西の横綱といったところ。ただし、大衆演劇目的でないお客さんも多いとしたら純正な秘境「劇場」ではない。

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矢野温泉あやめが大きい旅館であることはこの立派な入口でわかる。
入口脇にたくさんの水槽が並んでいている。「水槽の魚 お造りします」と書いてある。魚の他、穴子や海老や蟹もいる。

大きな青い四角い容器が玄関近くに置いてあり、30cmくらいの亀が入っていた。「亀を飼ってみませんか」という貼紙が添えてある。

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毒蛇注意の貼紙。これだけの大自然の中にあれば蛇も出るだろう。
「みなさん各自で注意しましょう」という表現にのどかさを感じる。

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ロビー
玄関で靴を脱いで靴箱に入れる。靴箱の鍵はフロントに預けるのではなく自分で保管。

フロントでチェックイン。
名前を告げるとフロントの方は無事着いたかというようなほっとした表情をした。
事前にピースライナーで行くと伝えてあったため、バスの到着時間が過ぎてもなかなか来ないので心配していたみたいだ。申し訳ないことをしてしまった。

かなりお歳を召した女性の定員さんが部屋に案内してくれた。すいぶん長くここにお勤めなんだろうな、などと考えていたら、「ようやくきなさったね」というようなことを方言交じりに話しかけられた。この方も僕の到着を心配していたみたい。

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矢野温泉あやめの宿泊部屋

夕食は1階の食事処にて18時から。

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夕食は予想を超える品数の多さ。ビールと冷酒とともにゆっくりいただく。

動くのもつらいほど満腹になり、部屋に戻ってお風呂へ。
疲れていたのか、お風呂から上がってすぐ寝てしまった。

旅の最終日、4日目の朝。

朝食は8時だがずいぶん早く起きてしまった。
フロントの方に、この辺でどこか見物するところないですかと訊ねると、まだ若い従業員さんは隣の従業員と顔を合わせて首をかしげながら「ガンカイかなあ・・」とつぶやいた。

従業員さんに教えられた道を進みながら朝の散策。

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空き地に簡単な木の看板が立っていて、大衆演劇のポスターが貼ってある。
昔、旅役者が田舎の公演場所をよくまわっていた時代、これに似た光景があちあこちらにあったのだろうなあ。

矢野温泉公園四季の里とを抜けてその突き当りに、国指定天然記念物「矢野の岩海」があった。

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山裾に巨岩が累々と積み重なっている。
浸食作用で山の上から転がってきた岩石がこの場所に集中的に溜まったものらしい。巨岩の隙間の空洞が蝙蝠の巣になっていて土地の人はこの場所を「こうもり岩」と呼んでいたそうだ。

宿に戻り朝食をいただく。

大衆演劇昼の部まではまだ時間がある。
部屋にあったパンフレットを見て行きたいと思った場所がある。この近くの上下(じょうげ)という町だ。
ちょうど第1便のピースライナーに乗れば行くことができる。

矢野温泉からバスで約10分、上下駅に着く。

江戸時代、島根県で産出された銀を瀬戸内に運ぶ街道(銀山街道)があり、幕府の領地となった上下は集積地として栄えたらしい。
幕府が倒れた後も長らく賑わっていたのだろう、レトロモダンな建物があちこちに残っている。

これほど趣が残る町ならば観光地としてそれなりに知られているのかもしれないが、私は今回の旅ではじめて上下町の存在を知った。町にも観光地っぽい雰囲気がない。人通りも少ない。

うすらさみしい上下の町を写真を撮りながら歩く。

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明治時代に建てられた警察署

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「映画実演」というはげかかった文字の看板がかかった建物があった。

大正時代に立てられた「翁座」だ。
近づくと入口が開いていたので入ってみた。地元の方が何かの準備作業をしていた。
聞くと、翁座は現在興行は行われてないが、たまに地元のイベントで使われているそうだ。
200円で館内を見学できるとのこと。今日は見学日でなかったようだが、見学させていただけることになった。

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2階席から

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花道も回り舞台もある本格的な芝居小屋だ。
途中から映画館に変わったのだろう。

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興行していた当時の看板やポスターが残されていた。
かつて浪曲の黄金時代には、日本各地の芝居小屋で浪曲公演が行われていた。浪曲公演の看板も残っていた。

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上下駅に戻る。
駅前にタクシーがいてくれてありがたい。

タクシーにのって矢野温泉あやめへ。
運転手さんに矢野温泉の大衆演劇公演のことを聞いてみた。
団体客ばかりだと思っていたが、個人の大衆演劇ファンの方もけっこう観に行っているらしい。

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大衆演劇場=演芸場は1階にある。

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この日は25~30人くらいの団体さん1組が来ていた。皆さん開演前に食事をしている。

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宴会場後方
壁にはこれまで公演した劇団のポスターが飾ってある。

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かなり幅がある大きい舞台だ

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下手花道も大衆演劇場らしく作られている。手入れが行き届いているのかキレイだ。

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宴会場入ってすぐのところに受付カウンターがあり、カウンター後ろの大きな冷蔵ケースにはビールや酒やコップが並んでいる。その隣にはおでんコーナーがある。

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テーブルに紐でつながれた栓抜き。

正午12時に大衆演劇昼の部のお芝居が始まった。
お客さんは団体客の他に大衆演劇目当てで来たと思われる数人がいて全部で30~35名。

この日の公演は劇団秀(ひで)だ。私は劇団秀も千澤秀(ちさわひで)座長も観るのははじめて。
下町かぶき組の劇団は東京近辺や大阪近辺で公演することが少ないから観る機会があまりない。
今月劇団秀に帯同しているらしい劇団絆の錦蓮座長も私ははじめて見る。

千澤秀座長と師匠の松井誠座長とはおじとおいの関係。
秀座長は下町かぶき組に入って劇団誠流に在籍して、2008年に旗揚げした。1974生まれというから座長になったのは34歳くらいか。

矢野温泉あやめの公演は昼の部のみ。
第一部お芝居 12:00~13:00
第二部舞踊・歌謡ショー 14:00~15:00

この日のお芝居は「親恋しぐれ」。
劇団秀はヤマを上げない芝居で現代劇に近い発話が印象的であった。

第一部が終わり休憩時間となった。

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休憩時間は舞台が開放されお客さんのカラオケタイムとなる。

しばらく誰も歌わないので今日はカラオケなしかなと思ったが、団体客の方々がそわそわしていることに気づいた。
やおら一人の方が立ち上がり、それでは私が口火を切らせていただきましょうといった態で舞台に近づき1曲歌った。

次の女性が歌う番になると、客席の他の女性らが「いこっか?」「いく?」みたいな目くばせをして4人が小走りで舞台に上がり、カラオケを歌う女性の後ろに等間隔に並んで歌に合わせて踊り始めた。
日本舞踊をたしなんでいるらしいバックダンサーはちゃんと踊りの振付がそろっている。着物に扇子ではなく、私服にうちわ。
文字どおりの大衆演芸。
休憩時間の舞台開放で、用意してきた衣装を着て団体で踊る、というのは見たことがあったが、カラオケに半ばアドリブで加わって後ろで踊る、というのは見たことがなかった。
この後に続くカラオケでも同じような光景が見られた。このように普段趣味でやっている芸事を気軽に舞台でかけられる場があるのはとてもいい。演芸は好きだけれども観るだけというお客さんがほとんどだろうけれど、もっと演芸の敷居を低くして、趣味としてやっているというお客さんを増やすことは、演芸界の未来にとってとても大切なことだと思う。そして芸事であるからには人前で見せる場というのは必要だ。できればそれは日常的な場がいい。
大衆演劇場かくあるべし、あやめの休憩時間にそう思ったのでした。

第二部の舞踊ショーが始まった。

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千澤秀座長

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私が芝居・舞踊ともにいいなと思ったのが花咲竜次(はなさきりゅうじ)さん。
コミカルな演技からシブい舞踊までとても芸達者な方。
雑誌やネットではあまり知られていない役者さんだと思うけれど、花咲さんのような名役者に思いがけず出会うところに旅芝居の世界の奥深さを感じる。

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ラストショー

お昼の部の終了後、劇団員は演芸場出入口付近のロビーでお見送り。
座長との2ショットポラロイド写真サイン入り1,000円をお願いした。

団体さんは旅館の前に待機していた送迎バスに乗りこんでいる。

私は、電車に乗って福山まで出る。
矢野温泉あやめから最寄駅の備後矢野駅までは約2km、歩いて30分くらい。

駅までの下り坂を歩いて間もなく、旅館の乗用車が後ろからやってきて私の横に止まりった。
私がバスで帰るものと思ったらしく、私がバス停を通り過ぎるのを見て、場所を間違えたのではないかと追いかけてきてくださったのだった。
備後矢野駅まで歩いてゆくつもりだと告げると、駅まで車で送りますとお申し出くださった。

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私を備後矢野駅で降ろし、あやめの車はUターンして帰ってゆく。
矢野温泉あやめの親切な従業員さん、あのときはどうもありがとうございました。

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備後矢野駅の駅舎
駅のまわりには誰もいない。

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福塩線備後矢野駅時刻表
電車は1日7本しかこない。
ネットで1日平均乗車人数を調べると17人となっている。
もちろん無人駅、と思いきや、、、

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「道をおたずねください」という看板が立っている。これはこの駅から矢野温泉へ向かう方への配慮であろうか。
そして駅舎に「うどん・そば」「営業中」という看板がかかっている。
まさかこんなところに食堂が・・・?
あとこの「廃食油回収箱」というのは何なのか。

駅舎に入って左に進んだ先に、せんべいや木彫りの置物が置いてある売店コーナーがあり、その右手が食堂になっていた。
食堂の厨房と思われる場所におばさんがひとり居た。
看板のとおり食堂が営業していた。

電車はしばらくこない。私は昼食をとっていない。
ということでこの興味深い食堂で食事することにした。

メニューは、メインである各種うどん・そばの他に「うこっけいの玉子」もオススメのようだ。
うこっけいの玉子ごはんとうどんのセット650円をいただくことにする。

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駅舎の奥の方にはカウンターと小上がりがある。メニューにはビール、酒、焼酎もある。
なんだか小料理屋みたいだ。ここは地元の方にとっていこいの場でもあるのかも知れない。
寒い冬の夕間暮れに焼酎のお湯割りを飲みながら仲間や食堂のママさんと談笑する人々の姿を勝手に思い描いてしまう。

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うどんもうこっけいの玉子もとても美味しかった。
この日が寒かったので暖かいうどんはありがたい。

食堂のママさんは気さくな方だった。
こんどこの駅に寄る機会があったら、地元の方々が飲んで集まってるような時間に来てみたいな。

もうすぐ帰りの電車がやってくる時間だ。

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備後矢野駅のホーム
この駅のローカル度がよくわかる写真

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塩福線の車両がやってきた。

福山まで行くには府中という駅で必ず乗り換えなければならない。福山-府中間しか電化されていないらしい。だからこの車両は正確には電車ではない。

田園風景が続くローカル線の車窓も、福山に近づくと住宅地に変わる。4日間の旅が終わる名残惜しさ。

福山駅から新幹線に乗り東京へ。缶チューハイを飲みながら撮りためた写真を見る。
上下の町並み、山間の旅館の旅芝居、備後矢野駅の食堂、どれも旅情いっぱいだった。

たくさんの思い出をお土産に4日間の広島大衆演劇場めぐりの旅は終わった。

(旅日記終わり)

【後日談】

この旅の約2ヵ月後、矢野温泉あやめが2016年12月末で閉館することを知った。
旅の直後だけあってとても残念なニュースだった。
またいつか矢野温泉に行きたいなと思っていたのに。
おそらくもう一生、備後矢野駅に降り立ちあの食堂を訪れることもないだろう。
でも、あの食堂いまどうしているかなと、何かの拍子にふと思い出すに違いない。
あやめの玄関の前にいたあの大きな亀はどうなったのだろうか。

古刹に見守られている山間の町の大衆演劇場 「せら温泉」

【広島大衆演劇場めぐり4日間一人旅】 3日目
古刹に見守られている山間の町の大衆演劇場 「せら温泉」


今日目指す「せら温泉」がある世羅町は広島県の中央よりやや東方の内陸にある。

世羅町には鉄道駅が1つだけあるが、町の中心部から8kmくらい離れているうえ、1日10本も電車がとまらない。
行きにくい。しかしこの行きにくさにわくわくしてしまう。
大衆演劇場探訪は行きにくい場所にあればあるほど旅気分が味わえるものだ。

広島市街の交通といえば路面電車であるが、もっと遠方への交通手段としてバスが発達している。
その拠点となっているのが原爆ドーム近くにある広島バスセンターだ。

バスセンターから世羅町へはピースライナーという高速バスで行くことができる。


薬研堀のカプセルホテルを朝早く出発して、人気のなくなった白々とした歓楽街を抜けて平和記念公園へ。
原爆ドームをしばし眺める。
この近く紙屋町の交差点は、県庁やバスターミナルが隣接するまさ広島の中心地といった場所。
広島そごうと一体となっている大きい建物にバスセンターがある。

早朝の街中にはあまり人がいないけれど、バスターミナルの中には人が集まっていた。でもまだ売店も開いておらず静かだ。

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要塞のようなバスターミナル

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世羅を通過して甲奴(こうぬ)まで行くピースライナーのほか、ローズライナー(福山行)、フラワーライナー(尾道・因島行)、リードライナー(府中行)、クレアライン(呉・阿賀行)、とびしまライナー(とびしま海道を通る)といった長距離バスがでている。
昔好きだったアニメ銀河鉄道999にでてくる宇宙に浮かぶ球状の巨大ステーションを想起してしまう。

ピースライナーは1日5本でている。第1便は8:00出発。9:29甲山営業所(世羅町中心部)到着予定。
約1時間半のバスの旅。

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広島内陸部の田園風景のパノラマを眺めながらバスに揺られる。

甲山営業所で高速バスを降りる。
甲山はこの辺りの前の町名で、2004年に甲山・世羅・世羅西の3町が合併して世羅町になった。今の世羅町役場は旧甲山町役場らしい。

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バス停から歩いてすぐ「史跡の町 甲山町」の門がみえる。

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門の裏は「史跡 今高野山」

ここは古いまちで縄文時代の遺跡もあり鎌倉時代には高野山領大田庄として栄えていたとのこと。
今高野山龍華寺(りゅうげじ)は鎌倉時代に真言密教の霊場として開基された古刹で今では紅葉の名所となっている。

甲山は今高野山の門前町として発展し、その後は市場町として栄えた。
市場町では商売の神様が祀られる。甲山の胡社(えびすしゃ)の夏祭りで行われていた民族芸能がある。
それが世羅町の無形民族文化財に指定されている「だんじり仁輪加(にわか)狂言」で、祭の最中山車で街中を練り歩き、各所で山車を止めては仁輪加が始まったそうだ。説明書によると、「台本はすべて自作で、現代物や時代物、時代風刺のものが多く、必ず最後に「オチ」がつけられる。観客からの掛け声やヤジに応じてセリフが変わったりと、演じ方と観客の一体感も仁輪加の特徴である」とある。
仁輪加狂言が盛んだったこの町に、かつてどれほど芝居が行われていたのかは知らないが、大衆演劇場を受け入れる文化的土壌は他の町よりも濃いのではないだろうか。

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今高野山通り

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今日は何かの祭礼の日らしい。
通りの家には丹生神社の幟としめ縄が飾られている。

歩いていると向こうから、獅子舞を先頭に神輿を乗せた軽トラックと法被を着た人々がやってきた。

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私が生まれ育った土地は昭和になって開発された住宅地だ。
昔から行われてきた祭礼が暮らしの中に息づいている町をうらやましく思うことがある。
だからこうした光景に出会うと自分がよそから来た旅人であることを強く感じてしまう。

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今高野山龍華寺と丹生神社の参道。丹生神社は今高野山の守護神だ。
写真の右下にせら温泉の看板がある。この参道の左にせら温泉がある。

まだ時間があるので今高野山を参拝する。

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丹生神社

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龍華寺御影堂(大師堂)

この日世羅町では「健康と福祉のひろば」という大きなイベントが行われていた。
甲山自治センターと甲山農村環境改善センターにて健康をテーマとしたさまざまなブースが設けられている。
地元高校生が大勢手伝いに来ていた。
カレー好きの私は、屋外にテントを出していた食生活改善推進員協議会の野菜カレー200円を食した。

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世羅町のゆるキャラ「せら坊」
黄色い頭は梨である。
ランニングシャツを着て赤いタスキを持っている。
そう、世羅といえば駅伝の強豪、世羅高校の陸上部。
イベントを手伝っていた礼儀正しい若者たちは陸上部の生徒だったようである。

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せら温泉に到着。
大衆演劇場せら温泉は2008年3月にオープンした。
昨日探訪した「ゆ~ぽっぽ」の系列店だ。やはりここも「スーパー銭湯」と名乗っている。

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玄関とフロント。
靴を靴箱に入れ、鍵をフロントに渡す。
入浴コースと観劇入浴コースがある。
指定席をお願いし、座席表を見てよさそうな席を決めた。

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観劇のコースにすると演劇通行手形が渡される。

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スタンプカードがあり、同じ月に通えば通うほど(といっても4回目まで)安くなるシステム。
このシステムははじめて見た。

お風呂に入る。
露天風呂を囲む塀の外に緑が茂っている。この木々は丹生神社や今高野山を包んでいたあの森につながっているのだろうか。

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お風呂上りに2階の食堂へ。

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ビールを飲みながら開演時間を待つ。
食堂の奥に大衆演劇場の入口が見える。

昼の部は13時30分開演。
明確な開場時間もなく入場が始まっていた。
ここではほとんどのお客さんがフロントで指定席を決めておくのだろう。
であれば、見やすい自由席を求めて開場時間前にお客さんが劇場前に並ぶという光景がないのも当然だ。

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演劇場後方より

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演劇場前方から後方を見る

演劇場は大衆演劇場専用施設として改修されたことがうかがえるつくり。

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例えばこの花道

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下手もこのとおり。
それほど広くない部屋ながらよく設計されている。

49ある座椅子席は広々している。
その後ろのわずかなスペースに座布団だけの席もある。

センターにしてはこじんまりした客席だ。でもこの町にある大衆演劇場としてはちょうどよいサイズだと思う。

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全国の大衆演劇場に貼りたいような標語

この日の公演は劇団澤宗(さわそう)
澤宗城栄(じょうえい)と澤宗千惹(せんじゃく)の夫婦座長の劇団だ。

私は6年ぶりの観劇。そのときは千惹座長は二代目澤宗千丸だった。
2015年、息子三代目澤宗千丸が高校を卒業して正式に劇団に入団するのを機に、千惹に改名した。

この日お昼の部のお客さんは16,7名くらい。
第1部お芝居から始まった。

芝居の後の休憩時間にせら温泉のスタッフがアイスとモナカの販売に来た。

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澤宗城栄座長の女形

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澤宗千惹座長
とても芸魂を感じる座長だ。
立ち役でこれほど貫禄をだせる大衆演劇の女役者はなかなかいない。

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三代目澤宗千丸若大将19歳
あと数年で座長を襲名するだろう。もう口上挨拶はまかされている。
芝居や口上を見て、真面目でひたむきな姿勢や性格のよさが伝わってきた。
若いのにかっこつけようとしないところもいい。
いい座長になるだろうな。

※ブログへの写真掲載はご許可をいただきました

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公演中の様子

昼の部が終了。
この後は、次の目的地「矢野温泉あやめ」に本日中に移動してしまう予定だ。
高速バス、ピースライナーで移動することができる。

バスの出発まで少し時間がある。

陽が落ちてきて町が翳りはじめた。
よい感じのさみしさが胸に広がる。
写真を撮りながら甲山の町を歩く。

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バス甲山営業所の建物には
「国道184号 いやしロードの町世羅町」という大きな壁画が描かれている。

待合室には「農山村の夢乗せ発車」という見出しの記事が貼ってある。
平成8年にピースライナーが開通した際の中国新聞の記事である。

17時過ぎ、甲奴行きのピースライナーがやってきた。

(つづく)

住宅地にある平屋のシンプルなセンター「ゆ~ぽっぽ」

【広島大衆演劇場めぐり4日間一人旅】2日目
住宅地にある平屋のシンプルなセンター 「ゆ~ぽっぽ」


2日目の朝、三原駅近くのホテルを出て、電車へ広島方面へ。
次の目的地「ゆ~ぽっぽ」は広島駅の北方10km弱のところにある。

広島駅から芸備線に乗り換えて安芸矢口駅から歩いてゆこうと思っていたが、何かの自然災害があったらしく、広島駅のホームに芸備線一部運休のアナウンスが流れていた。ちょうど乗ろうとしていた電車が運休となった。本数の少ない路線で次の出発予定までかなり時間がある。バスでゆ~ぽっぽに向かうことにした。バスの時刻表もちゃんと旅の前にプリントアウトして持ってきている。

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広島駅前7番バス乗り場から、広島バス30号高陽線に乗る。

バスは原爆ドーム近くの広島バスセンターを経由して、市街地を抜けて川沿いの幹線道路を北上する。

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バスは大きな道路から住宅地内を貫く道路に入る。そこからしばらく進んだ上小田バス停で下車。
広島駅からは約30分。

なんの変哲もないのどかな住宅街。
ここから西の方5分くらいのところにゆ~ぽっぽがあるはずだ。

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途中で芸備線の線路を渡る。
ゆ~ぽっぽはここからかなり近いはずだ。
しかし、健康ランド的な建物は視界のどこにも認められない。
スマホの地図アプリをたよりに目的の住所に近づいてゆくが、もう目前になるはずなのに、建物や案内看板などがまったく見当たらず不安になってくる。これまでも大衆演芸探訪の際に場所がわからず迷ったことが何度もあった。久しぶりに見知らぬ土地でひとりさみしく不安になる体験をした。
後で気づいたが、このとき通った道はバス停からゆ~ぽっぽまでの最短ルートではなかった。上小田バス停を降りたら少しバス通りを戻り(南下し)西方の道に入るのが正しい。

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ようやく「ゆ~ぽっぽ」を発見した。
勝手に大きな建物をイメージしていたが、ゆーぽっぽの諸施設は平屋で高い建物ではない。これでは離れた場所から見つけにくいわけだ。

ここはいわゆる「センター」に該当するが、健康ランドのようにさまざまなサービスを提供する大型複合施設ではなく、大きい銭湯に食堂と劇場が併設された、といった感じのシンプルな「スーパー銭湯」だ。住宅地の中にぽつんと存在しているのも銭湯っぽい。

入口はいって正面に「女湯」と「男湯」ののれんが見えてその間に受付カウンターがある。

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券売機で入浴券を買う。
大衆演劇観劇の場合は入浴とのセットの券を買う。指定席券200円というのも買ってみた。
券を靴箱の鍵とともにフロントの係員に渡す。

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お昼の部の観劇チケット=演劇通行手形と指定席券を受け取る。

大衆演劇場開場まで時間がある。まずはお風呂へ。

ここは銭湯であり温泉施設ではない。
お風呂は二つのエリアに分かれている。
基本料金で入場した人は洗い場と大浴場あるエリアしか使えないが、料金の高い露天・サウナコースで入場した人は露天風呂やサウナが利用できる。

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お風呂から上がってから昼食の時間とした。
演劇公演が行われる宴会場では飲食はできない。
1階にある食堂「ぽっぽ亭」で食事することになる。
ぽっぽ亭も券売機で食券を買って利用する。
風呂上りのビールを飲みながら開場時間を待つ。

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大衆演劇場は別棟にあり、入浴棟と渡り廊下でつながっている。

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大衆演劇場入口。
廊下の壁にはこれまで講演した劇団の座長の写真とサインが飾ってある。

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宴会場(大衆演劇場)全景。
後方の自由席ゾーンは畳に座布団を並べただけである。

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前方の指定席ゾーンは座椅子席。
座椅子と座椅子の前後の間隔は、大きくない女性であればちょうど足が伸ばせる程度。
もっと広い方がうれしいが、足が伸ばせず窮屈な劇場もあるし、これだけのスペースを確保しているだけでもありがたいといえる。

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舞台
花道はない

お昼の部は13時30分開演。
この日は白富士一馬座長率いる劇団京弥の公演。
と書いたが、おそらく一馬座長はこの表現は好まないだろう。
というのは白富士一馬座長は「俺が座長だ」「俺が主役だ」というタイプの役者ではなく、座員みんなが活躍する劇団、という思いを強くもっている。
一時期は、一馬三代目座長・健太座長・龍太若座長の3兄弟3人座長に副座長の洸という座長だらけ劇団だった。そのうち健太座長は劇団千章に移籍した。

もともとは関西で活動していたが一馬が座長になって(2003年)から数年後、関東に移ってきた。私のホームグラウンドである川崎大島劇場にものっていたので私は毎年劇団京弥を観劇していた。
その後、どういう理由かは知らないが、2016年に劇団京弥は関東を離れふたたび関西をまわることとなった。
私にとって広島県で劇団京弥を見るのは何か不思議な感じだ。

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第一部お芝居が終わって口上挨拶。

でもまっっったく変わらないな、劇団京弥は。
多分昔からあるお芝居を脚色したり踊りのスタイルを変えたりするのが好きではないのだと思う。
とてもクラシックな劇団だ。他の劇団はいろいろ新しい(現代的な)何かを試みている。だから相対的に他の劇団より地味になってしまったのかもしれないが、先代から受け継がれた芸を大切にしている姿勢には安心感が持てる。

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白富士一馬三代目座長

今月劇団京弥には劇団蝶々の中野弘次郎座長が帯同していた。
中野弘次郎座長は端正な劇団京弥の中にあってかなりのインパクトを放っていた。
京弥には豪快な役者がいない。弘次郎座長が加われば鬼に金棒。
この日の芝居は金棒が本当に光っていた。3枚目の悪役。アドリブ豊かで存在感が大きく芝居に彩りを与えてすばらしい活躍。

昨今の大衆演劇界では芝居の途中に楽屋ネタをアドリブで入れることが約束事かのように行われている。
その多くが「想定どおりのアドリブ」と化してしまい、間の抜けた楽屋ネタが横行している。
それでもお客さんは笑ってくれるから、本来の芝居そのものの力で笑いが取れない状況において役者は楽屋ネタ・内輪ネタに走ってしまう。
楽屋ネタは笑いを取れる反面、物語の展開を止めてしまう毒薬にもなりうる。芝居の流れを保ったままサラっとやるのが望ましい。
しかしどうも最近は楽屋ネタをたくさん入れるのがお客さんへのサービスだと思っている役者が増えているのではないか。
もはやそれはアドリブ「芸」といえるものではない。絶妙なタイミングで機転のきいた楽屋ネタが入るから面白いのだ。
もちろん本当のアドリブ芸は楽屋ネタを使うものではなく、その登場人物になりきってその場のインスピレーションによってお客さんを惹きつける演技をすることである。
中野弘次郎座長の芝居の本筋を盛り上げる自由闊達な演技はさすがはプロ、さすがは座長と私をうならせるものがあった。

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中野弘次郎劇団蝶々座長

弘次郎座長は芝居では3枚目役の滑稽な化粧であったが、芝居は別人のようにシブくかっこよかった。

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第二部舞踊ショー ラストステージ

昼の部が終了した後、団体のお客さんは建物前で待ち構えていたゆ~ぽっぽの送迎バスに乗って帰っていった。
スーパー銭湯は温泉ランドよりも集客力が弱いだろう。ゆ~ぽっぽの大衆演劇の存続は団体のお客さんの獲得にかかっているのかも知れない。

私は帰りもバスを使うこととした。
上小田バス停で乗って広島バスセンターで降りる。

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せっかくなので広島風お好み焼きを食す。

2017年1月末で閉館してしまう広島第一劇場の近くにあるカプセルホテルがこの日の寝床。
ビジネスホテルはとれなかった。
広島のホテルの予約が大阪以上に厳しいは思わなかった。

(2日目おわり。3日目につづく)
プロフィール

Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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