WIKIレンタル 大衆演劇探訪記

博多の大衆演劇と十日恵比須

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その⑦
博多の大衆演劇と十日恵比須


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旅の最終日は博多で過ごします。

今日は博多新劇座でたつみ演劇BOXの公演を観ます。
お目当ては、今月末でもって産休に入る辰巳小龍さん。
小龍さんは来月からしばらく舞台にはお出にならないと思うので、是非当月中に観ておきたかったのです。

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新劇座の前の看板。

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新劇座場内。
規模もほどよく、舞台が見やすいように客席が設計されています。

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桟敷席

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この掲示もすごくいいなあ。

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前方

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後方
ちゃんと投光ルームがある劇場は少ない。

いろんな面を総合して博多新劇座はとてもよい劇場だと思います。

本日のお芝居は「伊豆の恋三味線」

なんと劇中で小龍さんとダイヤ座長が三味線を弾きます。そして小龍さんが唄う場面もある。
この芝居にあたるとは、なんてラッキーなんだ。
小龍さんは不幸な芸者役。小龍さんの唄がとてもよかった。うまいのはもちろんだが、何ともいえない哀切感を帯びていてじーんときます。

舞踊ショーでも小龍さんはいつもどおりのパフォーマンス。

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ダイヤ座長と小龍さんの相舞踊

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1つの踊りの中にストーリーが見える小龍さんの舞踊。
たつみ演劇BOXの舞踊ショーでは小龍さんがソロで何を出してくるのかがいつも楽しみ。そして必ず期待以上のものを見せてくれる小龍さんはすごい。

とても満足して小龍さんの一時的な見納めができました。

この公演を観たのは1月。
実はこのブログはそれから数ヶ月後に書いているのですが、その途中で、小龍さんのブログ(5/18)にて男の子出産の報告がありました!!おめでとうございます!!
男の子かあ~。気が早いが十数年後が楽しみだな~。親の血を受け継いで凄い役者になるんだろうな。

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ラストショー

さて、この日は1月10日。
西日本で1月10日といえば「十日えびす」、大阪では「えべっさん」ですね。
私は生まれ育ちが関東なので十日えびすにはまったくかかわったことがありません。

博多新劇座の近くには、その名も「十日恵比須神社」があり、この日はまさに正大祭の日でした。
たつみ座長は昼の部の公演の前に十日恵比須神社に行ってきたとのことです。

私も昼の部の後に十日恵比寿神社に歩いて行きました。

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すごい人出。

猿回しもでていてそれに目が行ってしまう。

十日恵比須は商売繁盛の神様(恵比須様)を祭る神事。
私は商売人ではありませんが、米俵の置物をお土産に買いました。

その後はホテルで荷物を受け取って博多駅へ。
お土産を買って、博多ラーメンを食して、新幹線のホームへ。

帰りの新幹線の中で、お酒を飲みながら、撮りためた写真を1枚1枚確認しました。これも旅の終わりの楽しいひととき。

1週間の旅が終わりました。
楽しい大衆演劇場めぐりの旅でした。

これからも多くの土地で大衆演劇に出会いたいなと思います。

(おわり)

■大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記 もくじ
1日目:映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」
2日目:山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」
3日目:大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」
4日目:福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」
5日目:神仏習合の里 国東半島旅行記
6日目:かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」
7日目:博多の大衆演劇と十日恵比須
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かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その⑥
かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」


旅の6日目の朝、杵築市の宿を出て宇佐神宮へ。

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宇佐神宮は全国八幡社の総本宮です。
八幡大神は応神天皇の御神霊です。憤死した天皇の怨霊をおそれて祀った神社はいくつかありますが、生涯をまっとうした天皇を祀っている神社は宇佐神宮と明治神宮ぐらいしか見当たらないそうです。
八幡さまに仏教が習合した結果、宇佐八幡宮の祭神は八幡大菩薩となり(明治の廃仏毀釈でその名号が禁止されました)、武士に厚く信仰されました。特に、源義家が自らを「八幡太郎義家」と名乗るなど源氏の氏神として有名です。

八幡大菩薩は、大衆演劇ファンにとっては、三波春夫「決闘!高田の馬場」の中の安兵衛のセリフ「南無や八幡大菩薩、この安兵衛が行き着くまでは叔父の身の上守らせ給え、ばあさん!水だ!水をくれ!」でおなじみですね。
高田馬場の史跡の近くに穴八幡宮という神社があり、ここに高田馬場で行われていたという流鏑馬の像があります。安兵衛が「南無や八幡大菩薩」と言うのはここに由来があるのでしょうか。

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宇佐神宮の敷地は広大。
駐車場から表参道に出るとみえる大鳥居がその入口です。

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宇佐神宮上宮
「二礼四拍手一礼」が宇佐神宮の作法。

宇佐神宮の次は福岡県田川郡にある大衆演劇場「見聞劇場」を目指します。
調べたところによると、72km・95分のドライブとなります。
今回の7日間の旅の一番のトラブルはこの道中でした。
なかなか見聞劇場にたどり着かない!

見聞劇場の最寄駅である豊前川崎駅まではスムーズに着きました。
ところが、事前にプリントアウトしてきたグーグルマップに表示されている「見聞劇場」がある場所に行っても劇場がな見あたらないのです(※現在はちゃんと表示されています)。なぜグーグルマップで、劇場が違う場所に表記されていたのかは謎です。
昼の部開演の時間が迫っていました。あせってカーナビに見聞劇場の住所を入力し、カーナビの指示に従って進みました。住宅地をずんずん進み変だなと思っているところ、カーナビが「目的地に到着しました」と発した場所に劇場らしきものはありません。住所を入力し間違えたかと思い、再度カーナビに案内を頼むと、また別の場所に誘導されました。そこに行っても何もない。どうもこのカーナビは、人にものを聞かれて、それがわからなかったとしても「わかりません」とは言わず、「ここなんじゃね」と思いついた場所を適当に答えてしまうラテン系の性格らしいことがわかりました。演劇グラフに載っている見聞劇場の住所はスマホの地図アプリではヒットしません。おそらくこのカーナビにも登録されていなかったのでしょう。それならば案内せずに「該当の住所は登録されていません」と答えればいいものを、似た感じの別の住所に案内するなん迷惑なカーナビ君だ。カーナビに愚痴を言っていても仕方ないのでスマホで調べたところ、見聞劇場のfacebookがヒットし、そこに略地図が載っているのを見つけ、難を脱しました。

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豊前川崎駅と平行して走っている国道を、川崎駅からみて下り(南東)方面に進むと左側に幟が見えてきます。ここが見聞劇場です。

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上の写真とは逆方向から見た見聞劇場。

田川郡に隣接している田川市には2012年頃炭都劇場という大衆演劇場があったようですが2年たらずで閉鎖してしまいました。炭都劇場の名のとおり、田川はかつて炭鉱で栄えた町です。福岡県の中央部から北部にかけて広がっていた筑豊炭田は戦前から戦後しばらくにかけて日本一の石炭資産量を誇っており、炭鉱労働者とその家族が多く住んでいました。芝居小屋もたくさんあったようです。飯塚市の嘉穂劇場もそのような背景からできた劇場です。
炭鉱が非常に栄えた田川は旅芝居が大変な賑わいを見せた場所だったことでしょう。しかし、炭鉱はすべて閉山し、人口は減少し、人々の娯楽から旅芝居もなくなってしまいました。ところが近年になって、炭都劇場そして見聞劇場と大衆演劇場ができました。かつてこの地で旅芝居に親しんだ地元の方が生活しているうちに、つまり芝居文化が残っているうちに、大衆演劇場が復活したのはとても意義深いと思います。

しかも見聞劇場が、敷地も建物も大衆演劇場単独用途であることはとても喜ばしい。

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平屋の建物の道路側に見聞劇場n出入口があります。

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入口入って右が受付、左が靴箱。

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見聞劇場場内。

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後方は椅子席
床はフラットなので、後方の席の方は相当見えにくいでしょう。

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前方は座布団席、、、ん?

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座布団が隙間なく埋めつくされているのだけれど、これ、座布団ひとつが一人分のスペースということ?
気になって受付に置いてあった座席予約表を見ましたがやはりそういうことらしい。

お客さんがたくさんはいったときには、本当にこの座布団にお客さんを詰めて座らせるのでしょうか。
ちょっと信じがたいですね。

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花道

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劇場は飲食物持ち込み禁止。
そのかわりうどんやそばなどの軽食がとれるところがあります。

この日の公演は劇団勇舞。
勇 羅庵嘩 総座長
中村 時太郎 座長
の親子座長が率いる劇団。

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中村時太郎座長。

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勇羅庵嘩総座長

勇羅庵嘩総座長と中村時太郎座長親子の芝居のセリフまわしはリズムとメロディが心地よい。
日本の大衆演芸ならではの話芸だと思います。

この日のラストショーは、おお、「決闘!高田馬場」だ!

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幕を破って登場する安兵衛。

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〽のり屋の婆さんが差し出した~ 手紙を開く中山安兵衛~♪
ちっちゃなちっちゃなばあさん。

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「南無や八幡大菩薩、この安兵衛が行き着くまでは叔父の身の上守らせ給え!」
高田馬場を目指し、宙飛ぶごとく駆けてゆく安兵衛

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村上一門をやっつけてフィナーレ

見聞劇場の昼の部が終わり、今宵の宿泊地博多へ向かいます。
途中飯塚市の嘉穂劇場に寄って見学しようかとも思いましたが、見学時間に間に合わないかもしれないのでやめました。

夕方博多に到着し、小倉で借りたレンタカーを返しました。

大陥没したという博多駅前の道路の様子を見に行って、
夜は博多天神に繰り出して飲みました。

旅の6日目が終わりました。明日は最終日です。
(つづく)
(2017年1月)

■大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記 もくじ
1日目:映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」
2日目:山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」
3日目:大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」
4日目:福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」
5日目:神仏習合の里 国東半島旅行記
6日目:かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」
7日目:博多の大衆演劇と十日恵比須

神仏習合の里 国東半島旅行記

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その⑤
神仏習合の里 国東半島旅行記


旅の5日目。今日は中津を出発して国東(くにさき)半島を旅します。
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豊後高田は江戸時代から戦後高度成長期にかけて国東半島の中で最も栄え賑わった街。
時代はかわって往時の賑わいは失せてしまったようですが、活気があった昭和の時代の町の雰囲気を再現した「昭和の町」があるとのことで訪ねることにしました。

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昭和の町のアーケード。

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こんな昔風の商店がたくさんあります。商店街の総延長は550mもありました。
昭和の町を模したテーマパークはありますが、現役で営業している商店街全体を昭和にしてしまったという例は他にないのではないか。

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神仏習合発祥の地(宇佐神宮・国東半島)の看板があります。
宇佐神宮は八幡大菩薩として菩薩号を最初に冠した神社。
今日は神仏習合の郷をめぐります。

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雨にそぼ濡れるの商店街。

昭和の町を離れ、国東半島中央部の山の方に車を走らせます。

国東半島の宗教文化をわらわす言葉に「六郷満山(ろくごうまんざん)」があります。
国東半島の六つの村に所在する寺院を総称してこう呼びました。
六郷満山の寺々は多くが仁聞菩薩の開基と伝えられていますが、実は仁聞菩薩という菩薩は仏教の経典には存在しません。
宇佐神宮の神仏習合の思想の中から生み出されたらしいミステリアスな菩薩なのです。
宇佐神宮の中にはかつて弥勒寺という大きな寺があり(明治の廃仏毀釈によってなくなった)豊後と豊前に多くの荘園を支配していました。宇佐神宮の神宮寺(神社の境内にある寺のこと)である弥勒寺の影響下にある寺が国東半島にたくさんできました。
また国東半島は、奇岩奇峰が多く古くから山岳修験がさかんだった場所でもあります。修験には仏教伝来前からのアニミズムの影響もあるはずです。
神と仏が自然と融合した独自の仏教による六郷満山文化は奈良から平安にかけて花開きました。

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長岩屋川にある川中不動。

大分県は磨崖仏が多く、全国の約八割の磨崖仏があるそうです。中でも修験の地であった国東半島に多くの磨崖仏が残されています。
ほとんどの磨崖仏は誰が作ったのかわかっていません。川中不動は水害防止を祈念して作られたと言われています。

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川中不動のすぐ近くにある、天念寺(左)と身濯神社(右)。
同じ棟でつながっていて、まさに神仏習合の姿がありました。
天念寺は718年の開基。後ろには天念寺岩屋と呼ばれる岩峰郡がそびえ立ち、修験と祈願の寺院として栄えたそうですが、今では無住の寺となっています。

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川中不動の近くに小屋がありました。おじいさんがひとりでお土産屋を営んでいるようです。
妻ははちみつを購入。私は壁に鬼の面がかかっていることに気づき、これは何かと聞いてみると、天念寺でお行われる「衆正鬼会」という宗教行事で使用する鬼の面を模して、ある和尚さんが家庭用の魔除けのお面を作っていたとのこと。その和尚さんは亡くなってもう魔除けの面を作る人はいなくなってしまったそう。とても味わい深いお面だったので私は1つ求めました。

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お面は帰宅した後、玄関に付けました。

続いて、六郷満山の総寺院、両子寺(ふたごじ)を訪ねました。

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両子寺境内、奥の院に向かう階段。
鳥居が大きく、しかしとても自然に建っています。

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両子寺奥の院

次に訪ねた富貴寺の近くの食堂で昼食をとりました。

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だんご汁定食。
だんご汁は大分県の郷土料理でだんごを手延べした平べったい麺を味噌ベースの汁に入れたものです。

国東半島には、現存する九州最古の建造物があり国宝に指定されています。
それが富貴寺にある阿弥陀堂です。
富貴寺は六郷満山のなかでは末寺にあたります。寺は718年開基と伝えられていますが、阿弥陀堂の建立は浄土思想阿弥陀信仰全盛期の平安後期ではないかと推定されています。

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富貴寺の大堂(阿弥陀堂)。
「百寺巡礼」で五木寛之先生がとても興味深いことを取材しています。
富貴寺の境内には白山神社という神社があります。この神社やこの地域にあるお稲荷さんや金比羅さんなどが祀られている祠は富貴寺の管轄下にあって、神社のお祭りでは僧侶の袈裟を身につけた富貴寺の住職がお経をあげているそうです。
明治の神仏分離令の後もこのような文化が残ったのは神仏習合が深く根付いていた国東半島ならではのことでしょう。

この後、真木大堂へ車で移動、藤原時代作の9体の仏像を拝観。

真木大堂の次は日本一の雄大さを誇るという磨崖仏を見るためにさらに車で移動します。

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国指定史跡熊野磨崖仏へは駐車場からこのような石段を登って向かいます。

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熊野磨崖仏。
高さ約8mの不動明王像。
この写真には写っていませんが隣に高さ6.8mの大日如来像もあります。
いつ頃できたかのかは不明。鎌倉初期の文書にはそれらしき記述があるようで平安後期と推定されています。

熊野磨崖仏から少し進めば杵築市。
杵築といえば、大衆演劇場きつき衆楽観。
この日は恋瀬川翔炎座長が公演していたので夜の部に行こうと思いました。が、調べてみるとなんと劇場がある杵築の中心街に宿泊施設がみつからない。夜の部を見てから他の町に移動して宿泊することも考えましたが、ちょっとハードなスケジュールになってしまうので、大衆演劇はあきらめ、磨崖仏の近く杵築市にある宿に泊まりました。

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宿の近くにあった、観光案内所兼近所の集会所のようなところにきつき衆楽観のチラシがありました。

大衆演劇を観なかった分、夜はゆっくりできます。
温泉につかって旅の疲れを癒しました。
旅は終盤にさしかかりました。

(つづく)
(2017年1月)

■大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記 もくじ
1日目:映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」
2日目:山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」
3日目:大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」
4日目:福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」
5日目:神仏習合の里 国東半島旅行記
6日目:かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」
7日目:博多の大衆演劇と十日恵比須

福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その④
福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」


旅の4日目、小倉駅前のレンタカー屋を朝一番に出発して大分県方面へ車で南下しました。

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菊池寛に「恩讐の彼方に」という短編小説があります。こんなあらすじです。

市九郎という男は心ならずも主人を殺めてしまう。そのまま悪の道に入ってしまい追剥や殺人を平気にするようになる。
ある若い男女を殺めた後、その悔恨の念から改心し、得度して了海という僧になった。仏道に帰依し衆生済度のために身命を捨てて人々を救うべく諸国を巡り歩いた。
羅漢寺に詣でる途中、非業の死を遂げた若者を見た。そこは山国川に聳える絶壁の中腹にかかっている危なげな桟道であった。この難所で年に何人もが命を落としているという。
この断崖を観た了海の心に大誓願が起こった。了海はこの大絶壁を掘り貫こうとひとり槌と鑿を手にした。
この途方もない企てにはじめは了海を狂人扱いした村人も長い年月を経ると了海を聖人のように思い作業に協力するようになった。21年目、ついに洞窟は貫通した。市九郎が殺した主人の息子も長い年月をかけてようやく仇である了海をみつけたが、この大事業を目にして恨みの念は消え、了海の手をとり二人して感激の涙を流した。

これは実話をタネとした創作です。
諸国巡礼の旅をしていた禅海和尚は、山国川に聳え立つ競秀峰にかかる鎖渡しの難所を見て、岩を削って道をつくることを決意し、30年の年月をかけて鑿と槌だけで洞窟を彫りぬきました。これを「青の洞門」といいます。

私が運転する車は福岡県を抜け大分県へ。まず青の洞門を訪ねます。

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明治39年から40年にかけて陸軍の車両が通行できるように道路は拡張され、青の洞門の原型はほぼなくなってしまいました。
一部当時のままの通路が残っており、禅海和尚の姿に思いを馳せることができます。

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川越しに見た青の洞門がある絶壁。青の洞門掘削時にできた明り取りの穴が見えます。

青の洞門を抜けて羅漢寺へ。
羅漢寺は1300年前に開かれた古刹。

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羅漢寺の本堂は山の高いところにあります。
もちろん歩いてゆけますが、リフトで上ってゆくこともできます。
リフト乗り場近くの「禅海堂」に、禅海和尚が使用した道具などの遺品が展示してあります。

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羅漢寺は山の上の巨岩とあいまみえるように建っている、いかにも霊地といった感じの古刹です。
「百寺巡礼」で五木寛之が最期に訪れたのがここでした。
無漏窟という洞窟にある五百羅漢像の他、多くの石仏が羅漢寺に安置されています。

羅漢寺があるのは大分県の中津市。
中津といえば福澤諭吉の故郷です。
中津駅近くの福澤諭吉生家へ向かいました。

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福澤諭吉旧居。
同じ敷地にある福澤記念館もじっくり見学しました。

ここ数年、東京の街中にからあげ屋さんが増えました。
どうやらそれは中津のからあげ屋が東京に進出したことがきっかけのようですね。
中津市内にはからあげ専門店や持ち帰り専門店など、からあげ屋さんがとてもたくさんあります。最近は「からあげの聖地」なんて呼ばれているようですね。なぜこんなに中津でからあげが盛んになったのかはっきりした理由はわからないようです。

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車を運転するとあちこちにからあげ屋さんの看板を見つけます。

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できたてのからあげをたくさん食べました。旨い!安い!

この後は、大分県中津市のおとなり、福岡県築上郡上毛町(こうげまち)にある大衆演劇場を目指します。

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かなり広い敷地に駐車場といくつかの建物がある複合施設。
この複合施設の正式名称がはっきりしていないところが謎です。
・こうげ武楽里(ぶらり)
・太平楽
という二つの表記が並存していています。どうなっているのか?

この複合施設の中に「湯の迫温泉」という温泉施設があり、
そのなかに「ぶらり劇場」という大衆演劇場があるのです。
かつてはこの温泉施設の名前が「太平楽」でそれが「湯の迫温泉」に変わったものと思われます。


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ぶらり劇場の送迎バスがありました。

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おみやげ処 とよの国

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産直処 さわやか市

上毛町は福岡県ですが、昔から文化的には中津に近いようです。からあげの専門店もありました。

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そしてこれが湯の迫温泉の建物。

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建物内部。建物外観は異国情緒がただよっていましたが中は和の雰囲気。
湯の迫温泉の入口が見えます。入口で靴を靴箱に入れます。

フロントで支払い。
ここは、「温泉だけ」「観劇だけ」「温泉+観劇」を選択できたり、大衆演劇は昼の部と夜の部で料金が違ったりと、特徴ある大衆演劇場。

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産直野菜を売っていました

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酸素カプセル。珍しい。

ふつうのリラックスルームはありません。
けれど200円15分のマッサージが気持ちよかった。使っている人は多かったです。

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右手に温泉入口、まっすぐ行くとぶらり劇場。
お風呂にはシャンプーとボディーソープが置いてありますが、タオルはありません。タオルは持参するかレンタルするかになります。

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廊下の装飾は大衆演劇場っぽい雰囲気がでています。

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ぶらり劇場入口。
開場は開演1時間前。開場前にお客さんが入口に並ぶということもなく、のんびりした雰囲気。

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一番珍しいのは予約料がかからない(2名以上)ということでしょうか。
これは夫婦で観劇する人にはうれしい。

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温泉と観劇が別料金のセンターでは、観劇料金を払った人を見分ける仕組みが必要。
ぶらり劇場では入場時にこのようなストラップをもらいます。

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ぶらり劇場 場内

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前方

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後方のテーブル席

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右サイドにあるちょっと高いテーブル席

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左サイドの花道。

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ぶらり劇場のとなりに食事処があります。劇場内でも食事処と同じ食事ができます。

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となりの食事処でアイスクリームを食べました。美味しかった。

この日の公演は市川市二郎座長の劇団三桝屋。
30年以上を座長を続けている市二郎座長。ほとんど休日がない大衆演劇の世界で30年も座長を続けるのはすごいことだと思います。
市二郎座長には別の旅先で親切にしてもらったことがあります。(その時のブログはこちら

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市川市二郎座長。
粋でかっこいい舞踊。見応えのある軽さとでもいうのでしょうか、熟練者のみが醸し出せる軽さ。派手な動きも軽い。若い役者は狙う芸・アピールする芸が多いけれども、こういう達人の存在は本当に貴重だと思います。

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市川市二郎座長と弟の市川謙太郎。

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ラストショー

夜の部のお客さんは42名でした。劇場入口に入場者数を書いてあるのです。
入場者数だけでなく大入り人数基準も明記されていました。これらを公表するのも珍しい。
細かいところで「珍しい」がいろいろ見つかる大衆演劇場でした。

夜の部が終わり湯の迫温泉の外に出ると雨。
すぐ車に乗って中津のホテルに移動しました。

(つづく)
(2017年1月)

■大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記 もくじ
1日目:映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」
2日目:山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」
3日目:大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」
4日目:福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」
5日目:神仏習合の里 国東半島旅行記
6日目:かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」
7日目:博多の大衆演劇と十日恵比須

大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その③
大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」


旅の3日目。
山口県長門湯本温泉を9:30に出発した送迎バスは11時頃新山口駅に到着しました。
新山口駅からJR山陽本線に乗って九州へ。

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今日は小倉にある大衆演劇場「宝劇場」を訪ねます。
2011年頃まで小倉には「バーデンハウス」「バーパス」という2つの大衆演劇場がありましたが、どちらもなくなってしまいました。
北九州の大衆演劇ファンの声に応えて九州演劇協会会長の玄海竜二座長が私財を投じて小倉の地に新しい大衆演劇場「宝劇場」をつくりました。

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13時頃小倉駅に到着。

宝劇場の昼の部の公演は間に合わないので、昼間は小倉を散策することにしました。

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まず向かったのは無法松之碑。
碑の左右に石版があります。それぞれ以下の文章が刻まれています。
「古船場三丁目-独身者の松五郎が住んでいた町で此の町は俥夫 羅宇の仕替 香具師 土方等の自由労働者達が大勢住んでいた そしてこの町には木賃宿が三軒もあって 渡り鳥の様に町から町へ漂泊する猿廻し オイチニの薬売り 山伏等がいつも一杯だった 富島松五郎伝より」
「古船場町の人富島松五郎は無法松の名をもって知られたがその性純情にして清爽、哀切の生涯は我等の胸を打つものがあった。無法松は岩下俊作の詩と夢の世界に生れた永遠の人間像である。市井の歌である。美と愛の精神である。」

小説、演劇、映画について確認しておきます。
岩下俊作の小説「富島松五郎伝」は昭和14年に「九州文学」に掲載された後に「オール読物」に転載された。岩田豊雄(獅子文六)は「これに芥川賞か直木賞を与えなかった審査員はどうかしている」と絶賛した。昭和17年に岩田豊雄の関係する文学座で上演された。昭和18年に「無法松の一生」の題で大映が映画化した(監督稲垣浩)。昭和19年には文学座で主演した丸山定夫が自分の劇団で再演したのち「移動演劇隊桜隊」を名乗って西日本を巡演した(広島逗留中に原爆に遭い丸山定夫は死んだ)。戦後には「無法一代」等のタイトルで新国劇で多く上演された。新派、文学座、宝塚でも上演された。映画「無法松の一生」は戦後アメリカ軍の検閲により一部削除された。これを不服とした稲垣浩監督は昭和33年に三船敏郎を主演にしてリメイクしベネチア映画祭でグランプリを取った。映画「無法松の一生」をその後2度映画化された(昭和38年 三国連太郎主演、昭和40年 勝新太郎主演)。※参考文献:幻影の「昭和芸能」(藤井康生著)

そして、今なお松五郎は大衆演劇によって多くの人々によって親しまれ続けています。

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小倉には旦過(たんか)市場という歴史ある通りがあります。
駅近くから長く伸びていて、その端の出入口が無法松之碑の近くにありました。

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旦過市場

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立ち将棋コーナー
昔ながらの風情があります。

小倉駅周辺の散歩を終え、宝劇場夜の部の公演を目指して移動します。
宝劇場の最寄駅はJR日田彦山線南小倉駅ですが、時間に余裕があったので歩いてゆくことにしました。

30分くらいで着くかな、とたかをくくっていましたが、以外と距離があり45分くらいかかりました。

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焼肉屋の向こうに見えるビルが真鶴会館で、その5階に宝劇場があります。
もとはこの近くの場所にあったのですが2016年にこちらに移転しました。

真鶴会館のウェブサイトには「当会館は、地域の方はもとより広く一般の方々の諸会議、展示会、文化活動等コミュニティづくりの場として多目的にご利用いただけます」とあります。

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宝劇場の幟

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真鶴会館入口

センターでない大衆演劇場は、
それ単独の建物であるか、映画館などを改修した場であることが多いですが、
ビルの普通のフロアーにテナントとして入る演劇場が近年できてきました。
ここもそうした新しい形態の劇場のひとつ。

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エントランスの掲示
駐車場はないので近隣のパーキングをご利用くださいとのこと。

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エレベーターで5階へ。

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エレベーターを降りると見える飾り。
宝劇場オープンに際して熊本県知事や北九州市長や麻生太郎議員から寄せられたお祝いメッセージが飾ってあります。
この右手に受付があります。

受付の目の前に演劇場入口があります。
場内の前に場外(廊下スペース)をお伝えします。

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廊下。この先にお手洗いがあります。
大きいビルのワンフロアーにいる感じがします。

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廊下に九州演劇協会の面々の写真が飾ってあります。

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おでんを売っていました。

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アイスやお酒も売っています。

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保健所の規定により飲食物の持ち込みはできないそうです。

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宝劇場場内

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何か会議室といった感じのテーブルと椅子。もともとこの会館にあったものなのでしょう。

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後方は椅子のみ。

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舞台の幕

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立派な花道が増設されています。

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フラットな場所に机と椅子を並べた客席&あまり高さのない舞台、となると必然的に前の席のお客さんの頭が気になってしまいます。

この日の公演は宝海劇団

5年くらい前、15歳の宝海大空を観て、その美少年ぶりと道具さばきの上手さに驚きました。あのとき、<美と実力をそえた少年役者>をこの目に見ることができたのは幸せだったと思っています。もちろんここでいう美とは<少年らなではの美>のことです。男くささが兆す前の、しかし幼さは脱しきった後の、社会の手垢が付いていない、しかし何かを自覚している眼差しをもった、美・・・。とにかく何とも表現しがたい時分の花が少年宝海大空に咲いていました。

さて、それから年月が経ち、成人した宝海大空は、青年としての美しさ・風格を備え、もちろん実力は申し分なく、やはり大衆演劇界の星たる存在感を放っています。

宝海大空は現在、宝海劇団の若座長。

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宝海大空若座長

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宝海大空若座長の女形

公演中の口上挨拶は大空若座長でした。トークもうまいなあ。

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この月は劇団井桁屋の酒井健之助座長が宝海劇団に帯同していました。
健之助座長もかっこいい。

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花道できめる早乙女紫虎座長と宝海大空若座長

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ラストショー

この日の夜の部のお客さんは約15名。少ない。
地元常連のお客さんがあまり定着していないのか、そういう方は主に昼に来ているのか。
早乙女紫虎座長+宝海大空+酒井健之助座長でこんなにお客さんが少ないのは何とも残念。
せっかく若さあふれる時代の宝海大空を観られるのに、お客さんが少ないのは大変もったいない。

個人的な見解を申せば、この劇場はほとんどの席において前の席のお客さんの頭が気になってしまい、満喫観劇を達成しにくいつくりになっていることが、集客にも少なからぬ影響を与えているように思います。
また、お客さんは(特にセンターのお客さんは)「観劇したい」と同時に「心身のくつろぎを得たい」という志向が強い方も多いと思いますが、そういう方にとってこのような会議室っぽい雰囲気の客席は落ち着かないのかもしれません。

帰りは南小倉駅から電車を使いました。電車を使えば小倉駅まであっという間。
駅付近で食事してホテルに戻りました。
明日に備え早めに就寝しました。九州の旅はまだまだ続きます。

(つづく)
(2017年1月)

■大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記 もくじ
1日目:映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」
2日目:山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」
3日目:大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」
4日目:福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」
5日目:神仏習合の里 国東半島旅行記
6日目:かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」
7日目:博多の大衆演劇と十日恵比須
プロフィール

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Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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